第二部 「僕は4人フロイドを観た」 公演会場である東京都体育館の入り口付近には人だかりができていた。1月の成毛茂コンサートの時とは大違いである。チケットをもぎってもらい、中へ入る。
ステージに目を向けると両側に大きなスピーカーが積み上げられて、中央には野球場のようなライトスタンドが組んである。これが噂のライトショーに使うのだな。う〜ん、楽しみだ。自分の席を探し出すと、かなり左寄りの位置で前から13列目なのに思っていたより後ろだな、とブツブツ一人で文句を言う。会場のちょうど真ん中に人垣が出来ていた。何だろう、と近寄って見ると、オーディオ機材?がかなりのスペースをとり、関係者であろう外人が忙しく動き回っていた。太いコード類がステージまで延びていた。ここでステージの音やライトをコントロールするのか、フムフム。何から何まで新鮮な驚きの連続だった。おっと、開演時間が迫ってきた。トイレへ行って用を済ませておかなければ。
開演時間(6時30分)を10分くらい過ぎて、何の紹介もないまま、館内の照明が落とされた。そうすると、低い連続音が聞こえ始めてきた。次に何が起こるのか?期待の膨らみと緊張が走る。その音がだんだん大きくなり、右から天井から地面から鳴り、思わず音の出る方向を見てしまう。そして、グワァ〜ンと大音量と共にステージが明るくなり演奏が始まった。赤、緑、青の三色のライトが美しい。自分の見る位置から一番近いデイブは青のセーターに黒のズボン、少し引っ込んだ所にドラムスのニックはよく見えないが去年の箱根(音楽雑誌で見た)とは口髭の剃り具合が違うようだ、長身のベースマンのロジャーは上下、黒で統一している、オルガン群の影になっていてリックは顔だけピョコンと見えるだけで曲が変わるごとに向きを変えていた。しかし、ロック・ミュージシャンてこんなに地味な服装でステージに立っていいのか?これでは普段着ではないか、などと余計な事を考えていたが、今演奏している曲は噂の新曲なのだろうか?「おせっかい」しかアルバムを持っていないのでその辺は不明だ。デイブのボーカルがぼそぼそ聞こえてくるが、フロイドのイメージは「エコーズ」や「吹けよ風、呼べよ嵐」に代表されるようなギターとキーボードが大胆さと繊細さを織り成す、アンサンブルで聴かせるグループと思っていたので、印象がまるで違っていた。
20分を過ぎたくらいに4人がステージを降り照明も薄暗くなり、頭上で街の情景を思わせるようなBGMが流れてきた。それが数分続くと、メンバーがステージに戻り、演奏を再開した。なかなか曲の終着が見えてこないので少しいらだってくる。サイレンが鳴り始めると、中央のライトスタンドが降下しだし、ようやく演奏が終わり、メンバーはステージを降りていった。腕時計を見ると7時30分を廻っていた。
休憩時間になり、司会者の糸居氏がマイクに立ち、第一部で演奏された曲はイギリスで今秋10月に発売されること、50分を超える新曲の題名が「ザ・ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーン」であることが紹介される。アァ〜、とため息をつく。一曲が50分というのも驚かされたが、この新曲をレコードで聴けるまで半年待たなければならない方がつらいと思った。 第二部の演奏曲目は先程アナウンスされていたので安心していられる。
メンバーが登場すると盛大な拍手が送られる。風の音が聞こえてくる。心なしか、風が吹いているような錯覚にとらわれる。館内は暖房が効いていないので、寒がりの私はオーバーコートを着たままだ。あの重っ苦しいベースのリズムに合わせて、座ったまま足を踏み鳴らしていたが、隣りに座っていたアベックがこっちをジーッと見ていたのに気がついた。「吹けよ風、呼べよ嵐」はダンスナンバーだと思うのだが、気の弱い16歳は抵抗せずに足でリズムをとるのを止めた。
2曲目の前にメンバーは楽器のチューニングに入る。「ユージン、斧に気をつけろ」はまだ、聴いたことがない。ステージでは、足の長いロジャーが、徐に煙草を取り出しふかし始めた。銜え煙草のまま、調弦する様はかっこエェなぁ。すると今度はその煙草をプリッジに挟み込んだ。もうロジャーの仕草に釘付けである。チューニングが終わった事をロジャーはデイブ、ニック、ライトに目で確認をとり、何となく、ベースを弾きだした。1曲目の「吹けよ風、呼べよ嵐」とは違って、高低がはっきりした2つのベース音で構成されたスローなナンバーだ。ロジャーは顔をスタンドマイクに近づけ、歌詞でもなくスキャットでもない発声を続けていた。息を吐いているのか、吸って、あんな声が出るのか、不思議に思った。煙草の煙はライトの具合で怪しげに立ち上っていた。
アッ、ロジャーがマイクから急に顔をはずし、後ろへ仰け反る。ミスったか?また、顔をマイクへ近づける。そして、そのベースの2音の振幅が、まるで目の前で催眠術師が振り子を揺らしているようで、少し眠気が襲ってきた。心地よいリズムなのだ。ギャァ〜、と叫び声と同時に、我に返るとロジャーの顔付近は会場の右上後方から赤のスポットライトを浴び真っ赤だった。背筋が凍った。だんだん穏やかな曲調に戻り、演奏は何となく終わった。会場は演奏中は静かだった観客の万来の拍手で鳴り響いていた。私はただボー然としていただけだ。
第二部の最後を飾る曲は「エコーズ」。ロジャーが「次の曲はエコーズです」と英語で紹介した。(多分ね)すると、右そでの後ろにある白いピアノの方へ歩いて行き、多分イントロの部分を弾いていたと思う。自分の席からは確認出来なかった。これまで、何回も「エコーズ」をレコードで聴いてきたが、ライブ演奏では少しアレンジを変えていて途中でギターが高揚していく部分が盛り上がらず、不満でした。インストの部分はデイブが後方へ下がり、機材とギターのつまみを神経質に調整していて、ロジャーはあれ、見当たらない。リックの動きはもうオルガンの影に隠れて判らず、ニックは時々、リズムを合わせるためか、後ろ向きのロジャーの顔を見ながらドラムをたたいている。あっという間に20分が過ぎ、曲が終わってしまった。
あれほど「エコーズ」に執心していた自分だったが、まだ4年しか経っていないのに、そんなに印象に残っていないのだ。情けない。メンバーが「シ・ユ・アゲン」と言ってステージを降りて
いく。間髪を入れずに後ろの観客が前へ押し寄せ、通路を埋めつくして、アンコールの
大合唱である。これには私も驚いてしまった。
メンバーが再びステージに現れる。通路の観客はおとなしく腰をかがめる。ステージ中央にデイブとロジャーが何やら話し込む。アンコールの曲を決めているのだろう。しだいに2人の声が大きくなり、口論から掴み合いになるのではないのか、と不安になる。
デイブが引っ込む形となり、ロジャーが舞台右そでからシンバルを2本持ってきて、マイクの前へ置く。そして、デイブが自分のキャビネット(機材)に向かって座る。この光景は見たことがあるぞ。そうだ、アルバム「おせっかい」の付録の写真と同じシーンだ。もう興奮してきた。ロジャーが両膝をつき、2本のスティックでシンバルをたたきつける。もう、ダメ。最後の方でニックがスティックを真上に放り投げる様は、カッコ良すぎる。美しい。アンコール曲が終了すると、リックが立ち上がり、手を振りながらにっこり笑った。凛々しい。長かったような、短かったような時間。フロイドを観たような、見なかったような希薄な印象。今思えば、不思議な時間、空間を彷徨っていた気分。現実感がまるでないのだ。
帰りの電車の中で、「ユージン〜」でのロジャーの叫び声を思い浮かべながら、口を動かして真似ていた。二日後に控えていた学期末試験のことなどまるで忘れていた。
<あとがき> 「僕は4人フロイドを観た」は72年当時、日記に書き綴っていたものと76年に書き記したものに加筆しました。30年近く経ちましたが、今でも印象に残っているのは、ロジャー・ウォターズの「ユージン」とオープニングの心臓の鼓動があらゆる方向から聞こえてきたシーンです。彼ら4人はロック・ミュージシャンでありながら、ステージ衣装に気を配らず、何のアクションもせず、1万以上の観客を魅了したわけですね。ロジャー・ウォーターズ、デイブ・ギルモア、リック・ライト、ニック・メイスンの長い人生の2時間30分を同じ空間で過ごせたことが私にとって一番の誇りであります。もう一度、うれP。ラッP。この日のステージ写真とオフの写真もy_shinさんにお願いいたしましたのでそちらの方も楽しんでください。 最後にPINKさんの別宅にお招きいただきましてありがとうございました。晴舞台を用意していただいたPINKさん、私の駄文を気持ち良くレイアウトして、アップしていただいたy_shinには感謝しております。
y_shinさんにはいろいろとお世話になりまして感謝いたしております。
(2000/10/01 by エンブリオ) |